審査員講評


大島依提亜
  (デザイナー/アートディレクター)

【グランプリ/柿崎えまさん】
1巡目(一次審査に該当する)の最初に拝見した時から今回はこれかなという予感がありました。文字通り花がありました。エロティックさとグロテスクさは紙一重という表現自体は目新しさはないはずなのだけど、不思議な花の吸引力があります。虫の気持ちがちょっとわかる気がしました。あるいは映画『ミッドサマー』のような誘惑性。ただ、ちょっとだけ惜しむらくは、花と少女の描写の丹念さに比べるとフロアスタンド等のインテリアがやや雑に見えてしまうこと(光源の不一致の違和感も)。しかしそれも補って余りあるほどに絵としての魅力に溢れる作品です。描く方も見る方も勢い重要!


【準グランプリ/谷垣華さん】
抽象性を極めていながら絵としてのインパクトがとてもあり、やはり頭一つ抜きん出てました(これまたモチーフが頭?だけに)。なぜでしょう?抽象性の中に妙なわかりやすさがあるからかな?「冷血」というタイトルを入れたら初めてビシッと完結するような、装丁/装画の補完関係がとてもコントロールされているクレバーな作品だと思います。今回のコンペ全体を通して思ったのは、一見して何の小説の絵なの?って一瞬わからない絵の方が魅力的に見えるかも。絵による説明過多は要注意です。


【MAYA賞/marronさん】
今回、刺繍による絵がとても多く、どれも優れた作品ばかりだった中、一番良かった作品です。印刷物として平面に還元されてしまうことを考えると、刺繍作品はそれだけで分が悪いのですが、その困難さを超えても装丁で使ってみたいと思わせる一枚でした。黒の中の黒い刺繍など、印刷物としての難しさを考えてしまうほど、それこそこの絵の魅力部分と感じてしまう実に厄介な作品です(←褒めてます)。


【大島賞/らこさん】
個人賞は最初から、真っ先に装丁してみたい!と思わせてくれる絵を選ぼうと最初から決めてたのですが、まさしくこの絵がそうでした。装丁してみたいと思わせる絵には、デザインする上でのやりやすさという極めて打算的な考えも含まれるのですが、実はそれが一番、装丁における絵の良し悪しの重要なファクターだったりするので、このMAYAのコンペにおいてはグランプリ作品と同等の価値があるものと考えます。

【遊さん】
僕はたしか、遊さんの絵を別のコンペティションでも以前選んでいましたよね? 絵を見ただけでわかりました。遊さんの描く絵がかなり好みなんだと思います。 理由は全然わからないけど、絶対的好きの確信が確実にある、そんな絵が一番良いですよね。

© Yu

© Yu


【桜餅シナモンさん】
原田治さんの絵が現代の解釈においても改めて新鮮にみえる。そんな今だからこそ、こういう楽しい絵が再評価される時代が来るのもそう先ではないという予感を感じさせてくれる絵です。

© Cinnamon Sakuramochi

© Cinnamon Sakuramochi


【茂木野々花さん】
ちゃんと重力を感じさせてくれる絵は良い絵。と昔から思っていて、まさしくそんな1枚です。銀河鉄道の夜というと空を仰ぎ見るような構図になりがちなところ、逆に見下ろす視点(神視点?)が実に新鮮です。すごくいい絵!(なんで各賞に推さなかったのだろ?)

© Nonoka Mogi

© Nonoka Mogi


【岸あずみさん】
少しだけ漫画的な表現とイラストレーション的な洗練がとてもうまく結実していて、上質でとても好感度が高いです。漫画やアニメの影響下にある表現とイラストレーションの境界線にあるような作品の応募がもっとあるといいのにな?といつも思うのですが、そんなにないんですよね。狙い目な領域だと思うのですが。

© Azumi Kishi

© Azumi Kishi


【いしさか玲奈さん】
古い題材を扱うときに絵の表現力と同じぐらい重要なのは、その当時/地域に対する景観や衣類などの文化的背景の造詣の深さ。正直、この作品以外のほとんどがそのリサーチ力の甘さがとても目立ちました(トムソーヤや青い鳥などは軒並み)。この絵はその時代の匂い(1850年代のアメリカ南部)がちゃんとしますもの。

© Reina Ishisaka

© Reina Ishisaka

【準・大島賞/坂口香南子さん】
自由奔放な絵であるけれど、実は最近のイラストレーションのトレンドに則った絵だと感じました。それでいてちゃんとオリジナリティがあるのがとても貴重です。個人賞で奇しくも同じ猫モチーフでしたが、最後にどちらか迷ったことを一言書き添えておきます。


*文中に画像のないものは「受賞作品」のページでご覧ください。


佐藤亜沙美 
(グラフィックデザイナー/サトウサンカイ)

コロナ禍という特殊な制作環境のなかでの応募ということもあり、観る側も気合いを入れて臨みました。小説、児童文学、時代小説、それぞれに力のある作品が並び、刺激的な時間でした。


毎日、本と向き合っている者として、「装画」という制約があるなか、作者自身の目線を感じるもの、その作品がどのくらい読み込まれているのか、装画というところにとどまらず、その先に新しい何かが発見されているか、を中心に観ていきました。

装画の一番難しいところは、直接的な表現をすると作品を説明しすぎてしまい、抽象度が高くなると読者に伝わりにくくなるという点だと思うのですが、描かれる前にどのくらい描くことに対して思考されているかが肝であるように思います。


作品に心酔しすぎると描くことへの酔いが先立ち、観る者を置いてけぼりにしてしまいます。また言葉に囚われると手に取る者に届く直感的なアプローチがしにくくなります。その中で際立っていた作品は、やはり自分の中で作品を咀嚼し、直感的に何かをつかみ取ったうえで、観る側に対して、どのように観られるべきなのかということが考え尽くされているものだったと思います。その思考のシャープさが、たくさんの作品が並ぶなかで「こちらをグッと強い視線で見ている」ものになっていました。


審査員の中で話に出ていたのは「装画」を意識するあまり、現在書店に並んでいるような装画に見られる傾向と対策がされすぎてしまっていることや、時代背景や服装などといったディテールのリサーチが甘いといった装画に必須の要素が欠けている作品は、どんなに良いものであってもはじかれてしまう傾向にありました。


個人賞に決めた雨本直さんの「仮面の告白」(三島由紀夫)は作中の不穏さや主人公の自我への葛藤が見事に昇華されていると感じて目を奪われました。長雪恵さんの「カエルの王様」(グリム兄弟)は描くことへの喜びが強く感じられ、とても魅力的に感じました。


デジタルのイラストレーションやGIFアニメーションなどの新しい表現が日々アップデートされる現在において、今後もノビノビとした発想で、新しい表現にどんどん挑戦していってほしいと願います。


鈴木久美 
(ブックデザイナー)

装画は、本と読者の出会いを優しく取り持って縁をつなぐ、温かい手のような存在だと思っています。  ひと目見て、なんだかとても気になってしまう、目の前を通り過ぎようとしたのに、こころが揺れてその本のことが忘れられなくなってしまう……、そんな素敵な出会いをして、読者は本を手に取るのだと思います。
絵を見た人の感情を、一瞬でどれだけ揺らすことができるのか。激しく揺さぶる必要はありません。たぶん、ほんの少し、そっと押してあげるだけで良いのでしょう。それはとても難しいことですが、でも、装画にとって一番大切なことではないかな、と思っています。今回も、審査員の感情を揺らすことができた作品が、受賞したように思います。


グランプリ受賞の柿崎えまさんの作品には、人物の顔が描かれていないにも関わらず、絵と「目が合う」感覚があり、その不思議な魅力に惹きつけられました。淫靡さと上品さが絶妙なバランスで共存していて、とても魅力的な絵だと思います。準グランプリの谷垣華さんは、絵を見ていると、逆にこちらの奥底を深く覗き込まれているような感覚があって、強烈な個性を感じました。個人賞の宮城高子さんには審査序盤からとても注目していて、まさに「一目惚れ」した作品です。刺繍でありながら丁寧に「絵」を描いている点も素晴らしく、刺繍糸の色の組み合わせ方や、モチーフのシルエットの美しさにセンスの良さを感じました。色面と線画表現のバランスも素敵です。準・個人賞の石渡雅子さんは、繊細な画面作りが印象的で、淡く儚げな画風が美しいです。この細かい筆致を印刷で再現する難しさも感じますが、それでもぜひ、装丁で見てみたいという思いに駆られました。準・MAYA賞の金子幸代さんの作品には、切なくなるようなドラマ性があり、こんな装丁の本があったら、きっと思わず手に取ってしまうだろうな、と感じました。透明感のある色彩と大胆な構図の切り取り方、少年たちの表情、どれも素晴らしいと思います。また、惜しくも受賞には届きませんでしたが、絵にきらきらとしたものを感じ、審査後も忘れられなかった方々の名前をここに挙げさせて頂きます。青山功さん、水翠さん、ナカガワコウタさん、ホリベクミコさん、マヤサカイさん、yasuo-rangeさん。どれも印象深い、素敵な作品ばかりで心に残っています。


今回で2度目の審査となりましたが、どの作品からも装画を描きたいという熱い思いが伝わってきて、とても嬉しく、楽しかったです。沢山の才能と出会う機会を頂けたことに感謝いたします。


大矢麻哉子 
(ギャラリーハウスMAYA)

二十回目の装画コンペ、何かと世間が落ち着かない慌ただしい年になりました。毎年審査をお願いしているブックデザイナー、装幀家の方々のコンペ後に頂く講評は私どもにとっても勉強になり毎回新鮮な感動を覚えています。これまでの講評の中で、心に残ったいくつかの言葉を思い出してみようと思います。


まず記憶に強く残ったのはテキストへの咀嚼力を高める、ということ。作家は何を言いたいのかというテーマに対する的確な判断は本当に基本で、これがないと作品に力が出ない。これは各人が持って生まれたものではなくて自己表現として鍛えることができるもの、という言葉がありました。


また名作というものほど自分の感性をもとにオリジナルティを出したものが求められるということ。名作によく知られているありがちな作画では全く魅力に欠けてしまうということ。


更に本屋で並んだ時に思わず手を伸ばしたくなる魅力的な作品であって欲しい。目につき、心惹かれた本を思わず手にとってみる、そういう意味では、装画というのは映画の予告編的な役目を持つ、とおっしゃった方がいました。


「聖性を持つ絵」という表現で、描かれた細部の精度やモチーフへの真摯なアプローチが放つ、誰とでも共有可能な美しさについてお話しくださった方もいらっしゃます。


受賞後、どんどん作品が世の中に出ていく方々を見るにつけ、イラストレーターとデザイナーとの共同作業が素晴らしい作品となっていくことに感動し、装丁という世界の奥深さに深い敬意を感じています。


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審査結果 受賞作品