【 審査員講評 】

アルビレオ (西村真紀子・草苅睦子 / 装丁家・グラフィックデザイナー)

思いの詰まった作品に囲まれ、5年ぶりの緊張と高揚感のある審査でした。初めて知る方も多く、装画を志す方の裾野の広さを実感しました。審査の際にいつも思うのは、統一感のないタッチでの複数応募と応募作品が1点のみの場合の選びづらさです。デザイナー側のわがままとも言えますが、一連の作風から「装画をこの方に頼んだら…」とイメージできるくらいの説得力がある絵は強いと思います。
グランプリの本田征爾さんの作品は、独自のセンスと繊細さがあり異彩を放っていました。『 ブッシュ・オブ・ゴースツ』の装画には、その本を読んでみたいと思わせる力強さがあります。
アルビレオからは、課題に内田百閒の『ノラや』を選びました。日頃から装画に猫を描いていただく機会が多く、愛猫を失った喪失感をまるごと開示した百閒の文体を、滋味溢れる表現で装画にしてほしい!という期待も込めて。
三田圭介さんの作品は、麹町界隈をノラを探して歩き回る百閒の必死さが見え隠れして、ユーモラス。装画を依頼してこの作品が届いたら小躍りすると思います。一方、おかドドさんの『ノラや』は猫を描かないという選択が粋で、なにより百閒の背中が愛おしい! 両作品とも小説全体に流れるあわれなおかしみが伝わり、装画としての役割をしっかり果たしています。
大宮のぞみさんの『ファーブル昆虫記』は、タッチの面白さと配色のバランスの良さが目を引きました。このタッチに適したモチーフ選びや構図など、今後の広がりを期待します。


審査を通して一番に感じたのは、モチーフを選びぬく重要性です。応募作は総じて画力がハイレベルで個性的でしたが、せっかくの画力やタッチと描かれているモチーフがフィットせず、もったいないと感じる作品も多かったです。自分の画風にあった小説を選ぶこと、そしてその小説のどの部分を切り取って装画にするか。読者の興味を引きつつも説明しすぎず……文体が匂い立つような作品だったら最高です。描き始める前にいま一度、これから描くものが最適解かどうか熟考してみる時間は大切だと思います。これからもワクワクするような装画に出会えることを楽しみにしています!


川名潤
(装丁家/エディトリアルデザイナー)

グランプリの本田征爾さんのエイモス・チュツオーラ『ブッシュ・オブ・ゴースツ』は自由作品のため未読ですが、物語への期待感がいちばん高かった装画です。こう言ってしまうとミもフタもないのですが、装画に一番求めたいことは物語を読ませる期待値です。本田さんの作品には「この絵なら読んでみたい」という絵的なフェティッシュに溢れた魅力がずば抜けてありました。ちなみに、内容を反映しているかどうかももちろん大事ですが、そこは同等あるいは2番目くらいかなと思います。物語の作者と読後の読者をガッカリさせなければOKです(読後に、うわ、そういうことか。と思わせることができれば100点です)。


準グランプリ、三田圭介さんの内田百閒『ノラや』は、ノラの生活圏である麹町を想起させる構成です。過剰に書き込まれた「ノラや」という文字は一見ユーモラスに見えますが、ノラがいなくなった百閒の心情のあらわれであると思うと胸が苦しくなるという、気の利いた演出です。すでに書店にはさまざまな『ノラや』の装丁がありますが、この切り口は新しく、かつ内容の拾い方が丁寧だと思いました。


個人賞のKUNISHIさんの江戸川乱歩『パノラマ島奇談』は、この絵がパノラマ島であると見せかけて、読後に改めて見ると、実はそれ以上のもの(たとえば主人公・人見広介の欲望が具現化したオブジェとか?)であるかもしれないと感じさせる奥行きがあります。読者にとって具象であり半抽象ともとれる、その差違から膨らませることができる想像の余地の「ありがたさ」のようなものが、乱歩好きにはたまらないと思います。


準個人賞の清水拓磨さんのイーデン・フィルボッツ『溺死人』は、画面の切り取り方とそれにふさわしい質感が、ただただ好みです。


守先正
(ブックデザイナー)

本の内容に対してどういうふうにに装画が寄り添っているのか、そんなことを考えながら審査しました。
グランプリの本田征爾さんの4作品、『ブッシュ・オブ・ゴースツ』『寡黙な死骸 みだらな弔い』『虹の理論』『幽霊たち』。じぶんの世界観が明確に提示され、そしてその表現は4つとも違っていました。それぞれの本に対する思いが溢れている、そんな印象を受けました。特に『寡黙な死骸 みだらな弔い』という作品に惹かれました。


準グランプリの三田圭介さんの『ノラや』。ノラへの気持ちが溢れてますね。好きです。『幽霊たち』もいいなと思いましたが、同じひとが描いたの?と思うほど違ってみえました。1点だすよりも複数点だすほうが、どこまで描き分けられるのかを見るにはよくて、印象も強いです。ただ表現がバラバラだったり、そのなかでひとつでもこれはどうなのか?という作品があったら、いいなと思う作品に対してそれは偶然ではないのかと懐疑的になります。いろいろと考えさせられる審査でした。


今回はやたらと『パノラマ島綺譚』を描いてくるひとが目につきました。そこを描くんだ、それ描いちゃダメでしょというパノラマ祭りの様相を呈する中で、早川洋貴さんのがいちばんうまくまとまっているなと感じました。説明しすぎるわけでも、しないわけでもない。暗すぎず明るすぎない、すこし俯瞰してみていて、本の内容との距離感が的確だなと。


ヤギエツコさんの『羅生門』の屋根瓦だけの構図も斬新でした。賞にははいっていませんが、すでに認知している方々の作品が多々ありました。ただこういうコンペってやっぱりじぶんが見たことがなくて素敵だなという作品を選びたいんですね。だから何かいつもとは違う(スプーン一杯ほどの)裏切りを提示してくだされば、おっ!と思ったのかもしれません。でも変わらず好きですけれど。


大矢麻哉子(ギャラリーハウスMAYA)

今年も審査員の方から1冊ずつ課題図書を選んでいただきました。(『ノラや』アルビレオ/『パノラマ島奇談』川名潤/『幽霊たち』守先正/他はMAYAの選書)どれも名作揃いで一冊に集中することがなく色々なチャレンジが見られました。


ただアンネの日記は良く知られたアンネの写真を模したものが多く、稀に自分の感じたアンネの社会を収容所や風景的なもので表現しようとしたものにぶつかるとそれだけで新鮮な感じがしました。個人的には、もう少し咀嚼を進めて当時のアンネや社会、家族という部分に深く切り込んだものがあってもよかった、と思いますが。どのテキストにも言えることで、どうしても類型的な部分で妥協してしまいがちですが、自分の独特な切り込み方というのがもう少し見られるとよかったかな、と思います。


MAYA賞の石田さんは彼女が好んで描く双子を使ってアンネの置かれた境遇の不条理さを不安感を持って描いていたところに惹かれました。またグランプリの本田さんは美しくて不気味、程の良い毒気にユーモアも含まれていてなかなか豊かな感性を伺わせてくださいました。ヘンゼルとグレーテルは、徹底的にお菓子の家を描きこんだ作品が印象に残る作品もありました。そのバラエティに富んだお菓子が魅惑的で思わずゴクリとくるような…面白い捉え方です。


暑い中たくさんの作品に込められた可能性を拝見できていい一日になりました。
書店に並ぶ多くの本の中に、装画コンペ受賞者たちの絵と再会できることを心から願っています。

審査結果 受賞作品