【 審査員講評 】


二宮由希子
(デザイナー/イラストレーター)

挿画がエピソードをわかりやすくサポートするものだとすれば、本の装画は、映画のオープニングのようなもの。これからはじまる物語世界に読者を引き込むための入り口です。今回、装画というより挿画的な作品も多かったように感じました。

新潮社装幀室の場合、装幀はカバーだけでなく、表紙、扉を合わせて装画として依頼します。カバーから扉への流れで、読む人がどんなオープニングだったらワクワクしてくれるかな、わたしはいつもそのことを考えます。


グランプリの津田周平さん。その風景画は、寡黙ですがどこか不穏で、見る側の五感をザワザワと刺激します。その意味でどこか谷内六郎にも通じる魅力があります。明るくのどかな風景を描いても、この個性は揺るがないでしょうね。見てみたいです。


準グランプリの宮尾豊彦さん。『ナイン・ストーリーズ』一択、具体的な説明ではなくすべて概念で表現するという、清々しいほどの攻めの姿勢に惹かれました。今回ほかにはあまり見られなかったタイプの作品ですが、概念化した装幀にすることは、多々あります。


加藤正臣さんの『吾輩は猫である』は、とにかく原画が美しくて丁寧。このタッチで時代ものや翻訳もの、さまざまなジャンルに挑戦されたら、たくさんお仕事の依頼が来そうです。


北島淳一さんの「ドライブ・マイ・カー」は渋い色遣いと画面構成がかっこいいですね。他の作品ももっと見てみたいと思いました。


全体を見て感じたのは、出品作が1点だけだと判断がすごく難しいということでした。最終選考に残った方々は、複数の、それも統一感のあるスタイルの作品を出していらっしゃって、それぞれに説得力がありました。コンペに挑戦する際は、異なるスタイルの作品を取り混ぜるよりも、いま最も自信のある、そしてなにより描いていて楽しい絵で勝負されるといいと思います。


藤田知子
(ブックデザイナー)

この審査では地方からも郵送で応募があったせいか、初めて目にするイラストレーターの作品が数多くあって新鮮だった。良いと思う作品が多く、1次2次審査で落とすのがためらわれるものが何点もあった。心を鬼にして、あくまでも「装画」コンペであるという前提を重視して、小説に寄り寄った作品を選ぶことを心がけた。


グランプリの津田さんの作品には力があり、自身の個性と題材のマッチングが上手で、装画として映えると思った。

準グランプリの宮尾さんの大胆な作品は、初めから審査員の目をぐっと引きつけていた。一見奇抜だが、課題をしっかり表現している。

各審査員賞に選ばれた作品は、自分で個人賞をあげたいと思うようなものばかりだった。吉田雨水さんの作品は、独特のフォルムと質感の組み合わせがユニークで、強く印象に残った。大庫さんの作品は、シンプルだが計算されており、作品のサイズも良かった。加藤さんの作品は繊細かつシンプルで構図や色遣いタッチなど引き算の配慮が行き届いていた。水翠さんは、すぐにでも装画で活躍できる力を持っている。準・個人賞の青山さん、北島さん、長谷川さん、工藤さんは、いずれも審査員の評価も高かった。


賞にはもれたが評価が高かったのは、勝倉大和さん、岩堀敏行さん、田澤ウーさん、田辺俊輔さん。個人的によかったのは、森永真理子さん、長尾有紗さん、大谷朋子さん、しんじえりこさん、ヨシノガ子さん、まるやまゆうじさん、藤井美沙さん、三上鮎子さん、清沢佳世さん、三田圭介さん。ほかにも気になる方がたくさんいた。今後のご活躍を楽しみにしています!


宮古美智代
(デザイナー/アートディレクター)

今回のコンペで課題作品になっている本は、
有名作で、過去に何度も単行本になっているものと「ナイン・ストーリーズ」などの短篇集と
装画を考えるには、難しかったりやりにくかったりした本が多かったかもしれません。


「あしながおじさん」「吾輩は猫である」「ビルマの竪琴」は、
映像化もされているので、読者にも既にイメージができがっている作品ばかりです。


私が課題作品にした「ガリヴァー旅行記」も、
小学生の頃などに読んだりして、今もうっすらと内容を覚えている方も多いのではないでしょうか。


有名な、地面に貼り付けられているシーンは過去の装丁でも描かれていますが、
私が「ガリヴァー旅行記」のブックデザインをすることになったら、
どんな絵にするかなと想像したら楽しくなったので、この本を選びました。


一巡目は、絵として良いなと思うものを。
二巡目は、装画として良いなと思う絵。タイトル、帯と組み合わせた時の本としての力強さ、書店でオーラを放ってくれそうな作品を残しました。


複数点応募されている方は、
課題作品以外の装画も描かれていますが、
ご自身が選んだ本の方が、やはりイメージが湧きやすいのか上手く描かれていて、
課題作品の方が「とりあえず描いてみた」という感じになってしまっている方も多く、
興味のある無しで絵の仕上がりに差があったら不安だなと仕事を依頼した際のことを想像したりもしました。


課題作品の傾向は毎年変わりますが今年に関しては有名作が多かったので、
既存の単行本の装画よりも、魅力的な絵を描こう! すでに持っている本でも、この装画だから手元においておきたくなる本にするぞ。
という気概を感じる応募作品を期待しましたが、あまり多くありませんでした。


実際の仕事では、
打ち合わせを重ね、編集者やデザイナーのディレクションも入りますが、
まずは、自分一人で、ご自身の絵にタイトルが入るところまでを想像し、
「言葉」と「絵」が組み合わさった時に、
どんな効果が生まれるのかを客観視できるようになると、
絵のアイデアも出しやすいのかなと思います。


コンペの審査では、
たくさんの方の作品を拝見できて、とてもたのしい時間でした。
ありがとうございました。


大矢麻哉子
(ギャラリーハウスMAYA)

今回の審査である意味で装丁という仕事に携わっていらっしゃる3人のデザイナーの方々の「デザイナー魂」みたいなものを強く感じさせられ、素晴らしいプロとしての感性を見せてもらった気がします。


まず、好きな絵と仕事にしたら面白い、映える、と思う作品は必ずしも一致はしていない、むしろ意欲をそそられる、というのはデザイナー自身にとっても意外性を感じさせ、その上でその存在感に共鳴しチャレンジするものであることだと強く感じました。


又、作品として完成度が高いのにテキストとの共鳴が感じられないものが結構多く、もったいないような残念な気持ちになりました。


装丁、というあくまでも出版という商業ベースの仕事に組み込まれている、という自覚が必要になって行くことにはやはり描き手自身の感性の広さ、大胆さ緻密さと言った多角的なものを研ぎすませてゆくことが大事なのでしょうね。自分の信じる、又テキストからのインスピレーションをどのように表現したら響くか、よく考えられた作品が今回グランプリ、準グランプリを獲得しました。

一枚の絵が語り想像力を喚起させられて本を手にする読者は多いものです。難解な課題本にコロナと猛暑に負けずチャレンジして下さった皆様に心からの感謝と敬意を捧げたいと思います。

21shinsain

審査結果 受賞作品