審査員講評


芥 陽子 (ブックデザイナー)
 物語を包むパッケージとしての装画・装丁は、いかにその作品の魅力を伝えるか、読者の興味を惹き、また、手元に置いておきたいと思わせるという役割があると思うのですが、それにはいくつかの方法があって、その作品の象徴的なシーンや、物語全体の雰囲気を伝えるものもあれば、読者に想像の余地を多く残す抽象的なもの、また、たとえば強烈な個性の主人公の生き様そのものが物語であるなら、その人物を魅力的に描く事などもそのひとつだと思います。
 今回、準グランプリの茂苅恵さんのハムレットや赤毛のアンは、そういう意味では直球のポートレイトだと思いますが、すでに誰もが知っている物語、キャラクターを新味を持って魅力的に描いていて、どこかとぼけた味わいが良いと思いました。
 グランプリの杉本鉄郎さんは、わたしが審査させて頂いた年の「ザ・チョイス」でも推していて、すでに年度賞の準グランプリも取られているし、「贔屓してるみたいに思われてもなあ…」と思い、審査の過程では特に主張していなかったのですが、最終選考で他の審査員の方全員も推して結局グランプリとなり、やはり力がある事の証明になった形で嬉しく、良かったなと思いました。杉本さんの絵は、おおらかで柔らかく、女性にふくよかな色っぽさもあって、時代物としては新しさもあると思います。
 何ごとも、誰にも嫌われないものは同時にあまり面白くないものでもありますが、おふた方ともそれを絶妙にクリアしているのも良いと思いました。
 原裕菜さんは、静謐さがたいへん魅力的でわたしはとても好きなので、個人賞に選ばせていただきました。原さんの装画でいつか機会があったらとは思っていましたが、こんなに早く装丁出来る事になって嬉しいです。
 最後に、参加させていただきありがとうございました。様々な作品を拝見出来て、とても楽しかったです。

緒方修一 (Laughin主宰/ 装丁家・アートディレクター)
○グランプリ・杉本鉄郎「御宿かわせみ」/読書には「行間を読む」という表現があるが、人と人との隙間を描くという点で、この画家にはずば抜けた才覚がある。未だ時代劇への深い追求はなされておらず、既視感のあるアングルをはじめ迷いがあるが、それを凌駕する筆致は小説世界に劣らない力を秘めている。ユーモラスという枠に停まることなく義理人情を極めて欲しい。絵の中にタイトルを描くという度胸も大変ヨロシイ。
○準グランプリ・茂苅恵「ハムレット」/スタイリッシュで向かってくる力のある絵。そこにビターな空気が漂っていて大人な雰囲気を醸し出している。今回はパワフルな3枚だったが、私が興味があるのは強さやインパクトが必要ない本の場合。この画家がどんな提案をするのかちょっと楽しみである。
○緒方修一賞・桜餅シナモン「冷血」/画家自身の決断力は重要で、特に今回のコンペのような既に評価の定まった文芸作品の解釈を勝手に覆すことは容易ではない。絵を見ると画家は書籍を雛壇の上に置こうとはせず、逆に〈下界〉にぐいぐいと引きずり下ろそうと迫ってくる。このいかにもマイノリティ的な視線こそがカポーティそのものなのだと理解しているとしたらエライ。
○準・緒方修一賞・長田恵子「赤毛のアン」/イラストレーションに向かう真っ直ぐな姿勢が素直に良かった。誰もが好感の持てる絵
があまり進歩しないのは、美しい。怖い。可愛い。悲しい。嬉しい。それぞれに〈ものすごく〉というワードが欠けている場合が多い。自分の知っている多彩な情感を観る者に伝えるためにも、書を(絵筆を)捨て町に出よう。

古閑里良 (新潮社装幀室)
初めて審査に参加させて頂きましたが、描くという事そのものに情熱が注がれた作品に囲まれ、心地良いひとときでした。装画とはどういうものが良いのかを定義付けるのは難しいですが、イラストの仕事として安定し高い完成度を持つ作品のほんの一部、隅っこのひとかけらに「違和感」を持つものに出会った時に私は大変嬉しさを感じ、「この人ともっと仕事がしてみたい、この人が持つ毒、心をざわつかせるものを本の上に置いてみたい」と思います。美しく作曲された音楽の一部にこっそりと紛れ込まされた不協和音が人の心を捉え、注意喚起させるという事に似ているかも知れません。
グランプリの杉本鉄郎さんには自然体でありながらどこかシュールな空気感、脱力感があり魅力的です。ひとというものは今も昔も、真面目であればあるほどおかしいのだと思わされます。オリジナルの持ち味をこれからも大切に描きこなして頂ければと願っております。準グランプリの茂苅恵さんは、私は対象作品と他のもう一点「赤毛のアン」を合わせて拝見し大変面白さを感じました。シリアスであるはずがどこかクスリと微笑まされるハムレットとあっけらかんとしたアン。そのうしろにある奇妙なズレ?とも言えるセンスが気になります。敢えて直球ではないほかのテーマでも拝見してみたいと思いました。近藤圭恵さんは既に作風などが安定されている様なので上記のことと相反しますが、この方の装画を使用し固くなり過ぎずにまとめるためにはデザインする側に託される要素が多いのではと感じます。ただ個人的にとても好きですが…。高田彩子さんの1点のみの応募作品からは最後まで目が離せませんでした。今後の出会いを楽しみにお待ちしたいと思います。
本をよく読む人は、普通の言葉の端々にひそむ不条理や闇などを嗅ぎ分ける鋭い嗅覚を合わせ持っていると思われ、本に寄り添う装画にもそれなりの深みが求められると考えます。どうかこれからも頑張って下さい。

大矢麻哉子(ギャラリーハウスMAYA)
今年は時代物での参加者がとても多く、審査員からは「この方はよく見るね」とか「いい仕事してますよね」という声もでました。いま、時代物の需要は確かに高いようです。加藤佳代子さん、木村法子さん、チユキクレアさん、久勝堂さん、土田明彦さん、諸戸裕美さん、山本祥子さん、森豊さんたちは、挿し絵に関しては安心して任せられるとの声もありました。ただ、装画ということになると、安定しすぎて先が読めてしまったり、時代物でありながらも必要とされる現代的感覚が少し不足していたり、女性が描いた男性像はあまりに格好よく描かれている故に面白みが不足してしまったり…といったことを指摘する声もあり、難しいものだな~と感じさせられました。
他に、宇田そらさん、中井絵津子さん、小川メイさん、もとき理川さん、コンドウカヨさん、yuquichicoさんの作品も印象深かった。
受賞者の tsuinさんはシンプルなエレガンスがあって児童書などにはぴったりですね。これからが楽しみな作家です。
それと「この人は普段もっとずっといいんですけどね~」という方たちが何人かいて、いつもの力が出し切れていない悔しさを感じました。安定するということと、殻や枠をぶち破ることの兼ね合いの難しさを改めて考えます。これからも年一回くらいのペースで、受賞者たちによる企画グループ展予定しています。 さまざまなかたちで、引き続き精一杯応援してゆきたいと思っています。

審査結果 受賞作品