審査員講評


飯田紀子 (新潮社装幀室)
「三四郎」を再読しながら、今、出版するならどんな装幀がいいか考えました。風格がありながら軽妙で斬新。そんな装幀を実現させてくれる装画とは? 難問です。「三四郎」を課題にした作品の多くに、池の畔で三四郎と美禰子が出会う場面が描かれていました。 印象的なシーンですが、物語の世界観を捉えていると思えるものには、なかなか出会えませんでした。岡崎さんの作品を見たとき、答えを見つけた、と嬉しくなりました。サトウさんの作品は、比較的白地や明るい絵が多い中、異彩を放っていました。物語性を感じさせる奥深さがあり、文字を入れたら、さらにぐっと雰囲気が出る予感がしてトキメキました。グランプリ作品選出に際して迷ったのが、水沢さんの作品です。画風が独特で、圧倒的なうまさがある。一目で虜になりました。でも、装画として物語への興味を喚起されるよりも前に水沢さんの絵の世界が迫ってくる。文字を入れたら絵の魅力が損なわれてしまうと感じたのです。早川世詩男さんの作品は、脱力加減が絶妙で、かわいい。思わずニヤリ、クスリとしてしまう。人を愉快な気持ちにさせるのは、イラストレーションの素敵な力の一つです。時代小説に合わせるイラストレーションをいつも探しています。応募作中にも風景を端正に描いた心惹かれる作品がありましたが、人物を描くと魅力がなくなってしまうのが残念でした。山本さんの作品は、人物が生き生きとしていて、目を引きました。
装画は本の内容に必ずしも、添っていなくていいと思います。例えば、映画の予告編。つまらないのは、起承転結が読めてしまうもの。予告編を見ただけで、全編を見てしまった気にさせられるのは興ざめです。一方ワクワクするのは、観客をミスリードするようなカットが入っていて、どんな内容だろう? ああかな、こうかなと想像を巡らし、ぜひ見たいという気持ちにさせるもの。本の装画も同じです。読者の想像力を刺激し、読んでみたいと思わせる、物語へと誘う力のあるイラストレーションが欲しいのです。イラストレーターの皆さんには、色々なタイプの本を読んで、物語の世界に浸る快感をたくさん経験してほしいです。そうして、今度はご自身の絵で読者を物語の世界へと誘惑してください。

國枝達也 (ブックデザイナー)
審査にあたり、一緒にお仕事をしたいかという視点で選んだ。なので最後の方に残っている方は、合う本さえあればすぐにでもお仕事をしたい方が多い。その中でも賞をとったイラストレーションは、お仕事をしたいというこちら側からの思いだけでなく、それ以上に装画としてこちらに訴えかけてくるものがあった。それは文字を呼び込むような画面づくりなのか、平面から立体物への想像をかき立てる余白なのか。はたまた、ただただ本になりたいという強い念なのか。
審査当日から数日経ち振り返って考えても、今回グランプリを取った岡崎勝男さんは装画としてこちらに訴えかけてくるものが一番長けていた。水沢そらさんとは最後まで迷ったのだが、装画として考えたとき、やはり一番本になることを望んでいたイラストレーションといっていいだろう。
■岡崎勝男(グランプリ):古典的な要素がありつつも、表現にうまさや新鮮さがある。小さなモチーフやさりげない柄の使い方にもなどにも心遣いを感じる。ただ物語をなぞるだけでなく、物語の行間がさりげなくイラストレーションににじみ出ているところに好印象をもった。
■サトウあこ(準グランプリ):見ている方に物語を想像させる広がりと奥行きをもっている。世界観を押し付けているようで押し付けていない、その絶妙な距離感と案配が心地よい。
■早川靖子(國枝賞):大胆なタッチの中にも繊細さが宿る。表情の中になんとも不思議なイメージの余白があり、背景の力強いテクスチャと相まって、見てる方を物語の想像へと誘う。最後まで目を逸らすことが出来なかった作品。
■深谷利枝(國枝次賞):『剣客商売』のイラストが良かった。古い日本画のデザイン的要素をうまく取り入れつつもクラシックになりすぎない力のヌキ具合がなんとも気持ちよかった。ただ、『橋ものがたり』の女性のキャラクター性は無理に出さなくてもよかったのではないだろうか。

名久井直子 (ブックデザイナー)
今回、わたしなりの基準としては、物語への期待感が強い作品、物語の咀嚼 の仕方が面白い作品を、重点的に選びました。そしてさらに、一枚の作品として好きなものというよりは、文字を入れて、タイトルと合わさったときに面白いだろうな、と文字を入れたくてうずうずしたものというのも大事にしました。
全体としては刺繍でできた作品がわりと多く、またコラージュのように紙を貼ってあるものも目につきました。流行なのでしょうか。画風にも流行のようなものを少し感じましたが、できればそれに左右されない、濃いものがもっとあれば、と思いました。
時代ものについては、まだまだ層が広がりそうな気配。定番の様式からもうちょっと現代風に転換が図れる気がしますし、視点ももっと様々に自由にできると思います。風俗に対して勉強が必要な世界なのかもしれませんが、うまくできれば、ものすごく仕事の需要がある世界だと思うので頑張ってほしいです。
自由題の本をテーマにしたものについては、読んでいない作品も多いので、意見しにくいところもありますが、読んだ作品がたまにモチーフになっていると、もとの装画と似た構成のものだったり、違う本でもなんでも成り立つのでは? というものだったり、「装画」として弱いものもありました。物語へもっと手をのばして描いていただきたいと思います。選考に残った方々については、賞と迷った方もたくさんいます。
また違う作品で、会えることを楽しみにしております。

大矢麻哉子 (ギャラリーハウスMAYA)
イラストレーションの世界がちょっと元気がないと、心配する声を時々聞きますが、近年は描くことにプラスして貼る、縫う、刺す、染める、といった技法が目立ち、そういう意味ではイラストレーションは多様化していると感じます。しかし、しっかりと丁寧に愛情を込めて描かれたものには上手い下手を超えた魅力があり、その中にふっと見える今の描き手の感性になんともフレッシュな空気を感じました。
沢山の作品は描く人の情熱と一生懸命さの結晶。心を込めて拝見しました。たくさん描いて色々な機会で発表することは、毎回多くの視線を受けて磨かれるようなものです。結果を気にせずに、どんどんチャレンジして頂きたいです。MAYA賞の水沢そらさん、あべちほさん、さらに越野しのさん、山崎カズヒコさんの凄い情熱には感動しました。最終選考、入選の皆様、様々な形でこれから応援しています。頑張りましょう!

審査結果 受賞作品