アルビレオ (草刈睦子 + 西村真紀子 /ブックデザイン)
ブックデザインをする際、正解のない世界で迷ってしまったときに、イラストレーターの方に導かれることがしばしばあります。 審査させていただくにあたって、本の内容をその人なりに解釈し表現できているか、また作品自体に際立つ魅力があるかはもちろんですが、楽しんで描いていることがビシビシ伝わってくると、こちらも(ひいてはその本を手にする読者の方とも)ワクワク感を共有できそうだなと心強く感じます。今回、そんな仕事のパートナーを探すつもりで選定させていただきました。
中上あゆみさんの作品は、課題の中ではヴィジュアル的におとなしくなりそうな「風立ちぬ」の世界をとりあげながらも、そこに吹いている風の匂いや温度まで緻密に表現し、数多の作品の中で何度も立ち止まらずにはおられない迫力がありました。このタッチでずっと描いてゆく!という覚悟も伝わってきました。
また最近、時代小説というジャンルが、幅広い世代の読者を求めて拡大しており、装画にも新しい潮流が求められていることを痛感しています。そんな中、いしかわことみさんの作品は自由度が高く、とても新鮮に感じました。
全体としては「黒猫」をモチーフにした作品が圧倒的に多く、表現にも様々なバリエーションが見られた反面、「ハイジ」は固定されたイメージが強い為か、表現が難しかったように感じました。
最後に、1点入魂で魅力的な作品も多くありましたが最終審査に選ぶとなると作家性を推し量りづらく、残念でした。
今回、こちらとしても初めてのイラストコンペティション審査で、約1500点の作品たちの熱量に圧倒されつつ、貴重な勉強をさせていただきました。背筋が伸びる思いです。
鶴 丈二 (文藝春秋デザイン部)
グランプリの丸山一葉さん「赤い蝋燭と人魚」は、構図の挑戦的な面白さに惹かれました。物語を説明する作品が多い中で、物語を想像させる力を感じました。もう一点の作品もとても素晴らしく、もっと作品を見てみたい、来年の個展ではさらに表現力や魅力を増したものを見せてくれるのではないかと期待させてくれる作品でした。
準グランプリの桜餅シナモンさん「黒猫」は、勢いと荒々しいものから次の表現に足を踏み出して来て、自分なりのものに焦点が当たりつつあるのではないかという印象を受けました。去年の応募作も偶然展示で見ていたのですが、さらに魅力的な作品がやって来て嬉しい限りです。
グランプリも準グランプリも、装丁のしがいがあるというか、魅力や面白さに加えて、ただ文字を綺麗に置くだけでは許さないぞというような、こちらに挑んでくるエネルギーを感じるものでした。
個人賞に関しては、表現方法が面白く、単純にこの絵で装丁してみたい!と瞬間的に感じたものを選びました。
丸岡京子さんの「アンナ・カレニナ」は、ドット絵のように見えますが、クロスステッチで作られた絵で、その質感が可愛さだけではない深みを感じさせてくれて、一目惚れでした。
藤木拓也さんの「宮本武蔵」は制約が多いと思われがちな時代もののイラストレーションにあって、物語の魅力を再確認させてくれるこういう方法があったか、という新しさに惚れました。
装画は、物語に描かれた情景や人物を描いただけでは、物語の説明でしかありません。物語の奥や向こう側にあるものを感じさせてくれる何かが、意識的にしろ無意識にしろ表れていなければならないと思っています。読者はその何かに目を留め、その何かを感じて本を手に取ってくれるのだと信じています。
他の選者が選ばれた方々も含めて、今回選ばれた方々はその何かを描ける、または描いてしまう方々なのではないかと僕は思っています。
二宮大輔 (新潮社装幀室)
「装画を描くためのブラッシュアップ講座」に続き、今回の「装画コンペ」でも、まずは物語の軸をしっかり捉え、分かりやすくシンプルに表現し、そこからの個性がいかに展開されるかということを重点に、また将来への期待も込めて選ばせていただきました。
「それだのに、自分たちは、やはり魚や、獣物などといっしょに、冷たい、暗い、気の滅入りそうな海の中に暮らさなければならないというのは、どうしたことだろうと思いました。」……人魚の定めと、ろうそくに絵を描くその人魚の娘。よしもりたけはるさんはその人魚たちの魂を見事に捉え、モチーフに迷いがなく、シンプルかつ大胆に描き、ろうそくを赤く塗らなくとも、充分に物語を表現できていました。装画コンペということで、最近の絵の傾向を意識し、タイトル文字やトリミング、デザインされることを前提とした描き方というのが、もしかしたらあったかも知れない、またはそういった絵が多く感じられた中、それらを見事にうっちゃる絵の豪快さに私の目は惹き付けられました。この後のご活躍を楽しみにしております。
kaloさんの『風立ちぬ』は、物語が持っている古典性を良い感じで飛び越え、サナトリウムのある背景と女の彩色が巧妙でした。どんどん描いていって欲しいです。
大矢麻哉子 (ギャラリーハウスMAYA)
今回の課題、E ランポーの黒猫はとても多かったです。ゴシックホラーの代表作とも言えるこの作品は描きやすかったのかも。気品のある黒猫達が沢山いました。アンナ・カレーニナは、帝政ロシアのちょっと退廃した物憂げなエレガンスがなかなか難しかったようです。
また、時代物を描く方が大変増えてきたことも驚きでした。このコンペからも多くの時代ものを描く方が出てきて、いい仕事をしていらっしゃいます。本屋さんでみかけると本当に嬉しいです。今回各賞をとった方以外にも心惹かれる作品がありましたが、一点の応募というのは賞に結びつきにくい面があります。審査員がもう少しこの人の作品を見たかったな、というかたが何人かいました。
装丁のための絵というのはまず、本屋さんで人々の目に触れて、興味を抱かせ、本を手にとってみてもらう、そこから、さらに読んでみようと思ってもらうという一連の行為への使命を持つもので、映画の予告編みたいなものと、昨年の審査員だった飯田紀子さんがおっしゃいましたが、うまい表現だなとおもいました。たしかに、ある種の品格のあるインパクトや、さらに想像力をかきたたせることが大事ですね。また、今年は特に時代ものと同時にマンガっぽいものも増えました。マンガは日本が世界に誇るアートですから、その流れがどのように装丁の中で生かされて行くのか注目しています。
実力ある人たちをこれからもご紹介していきたいと願っております。また、いつでも作品を拝見したいと思っておりますので、気軽にギャラリーにもお出かけください。