審査員講評


鈴木久美 (ブックデザイナー)
本を手に取るとき、そこにあるのは小さな期待です。どんな小説かな、おもしろいかな、怖いかな、それとも泣いちゃうかな……。様々な期待を、読者は装画を通して心の中で膨らませていきます。本を手にした時の『読みたい』という衝動は一見シンプルですが、丁寧に読み取っていくとそこには沢山の感情が詰まっていて、その複雑な感情のスイッチをぽんと一つ押してあげられることが装画にとって大切なことなのではないかと思います。たくさんの絵の中にあっても埋もれることなく、何度見てもこころが揺さぶられる、目が素通りできず、吸い寄せられ見入ってしまう、そんな作品が入賞したように思います。
木原未沙紀さんは応募作の中でもひときわ強い輝きを放っていた作品で、これまでの『ごんぎつね』のイメージを一新する大胆なアプローチに目を奪われました。丁寧に描写されたモチーフとあざやかな配色にも驚きましたが、動物が持つ気配や気品のようなものが表情に表れていて、これは新しいごんの姿だと感じました。筆の勢いのまま描き流す作品も多いなか、隅々まで丁寧に描かれた点も素晴らしく、グランプリに相応しい作品だと思います。個人賞に選出のいわがみ綾子さんは審査序盤から目をとめていた作品で、この装画の本を買ってずっと手元に置いておきたいな、と思いました。可愛らしい絵を背景色がきりりと締めていて、甘くなりすぎないように纏めているところが素敵です。関涼朱さんの作品は、目線や指先に品のよい色気がほのかに漂っていて、それがとても美しいと感じました。この魅力的な人物でぜひ時代小説の絵を描いてみて欲しいです。応援と期待をこめて準個人賞に選ばせて頂きました。
装画を取り巻く状況はこの10年でがらりと変化してしまいましたが、そんな逆風を跳ね除けるような力作がずらりと並び、審査をしていて胸がいっぱいになりました。装画を描きたいという静かな熱意がどの作品からも伝わってきて、嬉しかったです。今回の審査を通して新しい才能とたくさん出会えたことに感謝いたします。

二宮由希子 (新潮社装幀室)
わたしが絵の学校に通っていたころ、ある人から「人前に晒して恥をかかなきゃダメだ」と言われました。緊張感が絵を育てるんだと。今回の審査会場では、たくさんの作品からその緊張感が溢れ出ていました。
いろんな画風で出品されている方も数多くいました。自分のスタイルを見つけるまで迷うのは仕方のないことですが、「この人はこっちの絵はいいけど、こっちのタイプだともうひとつだね」と、審査員の意見が面白いように一致して、その感想をご本人に伝えたいと、もどかしく感じました。
個人賞の岩堀敏行さんは、『人間椅子』なのに明るい画面で、上品なユーモアと程よい毒を感じました。海外の絵本を見ているよう。
HSING CHENFUさんの『ごんぎつね』は、シンプルでその美しさに息を呑みました。ただしネタバレあり。
マスダカルシさんの『ごんぎつね』は、ごんと兵十の対峙が直球で描かれていて笑っちゃいました。
笑い、品の良さ、シンプルさなど、自分の好きなキーワードで選んでしまいがちですが、そんな個人的嗜好を吹き飛ばす圧倒的な画力で、木原未紗紀さんはグランプリになりました。
流行を追ったり人の模倣だったりではなく、自分が欲しいと思える作品世界を追求していけば、それに共感する人が必ずいて、あなたの絵を好きになってくれたり、一緒に仕事をしようと言ってきます。
イラストレーションは一瞬で人の心をつかむ素晴らしい表現手段です。恥をかきながら、どんどん前に歩いて、あなたの絵を待っている人たちの心をつかんでください。

守先 正(モリサキデザイン)
溢れる
1点だけの応募だと、他はどう描けるのか気になってしまう。かといって点数が多くても,肝心の課題図書の装画がそのなかで一番魅力的でないと困ってしまう。いいのがあったり、よくないのがあったりするとどっちが本当のあなたの作品なの?と懐疑的になる。自分の世界観がぶれない作品が、何度も何度もふるいにかけられながら残っていく。そしてそれは誰ともちがって、誰かと共有できるものでないといけない。それが装画の条件だと思う。ぼくが個人賞に推したのは原田俊二さんの作品だ。少し傾いたかれの世界観がすきだ。小人国の巨大なガリバーと赤い靴の女の子の足の大きさが同じところがすきだ。グランプリに選ばれた木原未沙紀さんの作品には、ほかの作品を圧倒する何かがあった。「わたしはこうなんです」といった想いが溢れ出ていた。木村晴美さんと小川メイさんの作品に、これまで彼女たちがつくってきたものプラス、なにか新しいものを感じた。

大矢麻哉子(ギャラリーハウスMAYA)
思いがけない視点や構成で、こういう見方もあるのか、と思うこともあり、楽しいけれども、大変真剣な審査となりました。
コンペでは、上手い下手、という技術的なことだけではなく、自分の表現はこれだ、こう読み込んだ、という揺るぎないものが見え、それに私たちが共鳴した時、それはとても魅力的なものになります。描く側と使う側、さらには多くの見る人々との間に素敵なトライアングルができるのです。

賞に入らなかった方々の中にはものすごく気になる方もおおく、彼らはある意味での可能性の塊のような存在で、審査員の方たちも多くの気になる方たちがいたようで資料としてカメラにおさめさせていただいたようです。これからどんなお仕事につながっていくか、とても楽しみです。またリピーターの中には既にプロとして沢山の仕事をこなしてきている方も多く、それでも尚このようにコンペに参加し作品を磨こうとしていらっしゃる姿勢には頭が下がります。私たちも矜持を正して作品に接しています。
魅力ある装画というのは本当にわくわくします。まさに出会いですね。コンペを通して審査員とみなさんの素敵な出会いが多くありますように。コメントを書きながら改めてドキドキして幸せを味わっています。

審査結果 受賞作品