審査員講評


坂川栄治(坂川事務所)

・グランプリ「いばら姫」ミナミタエコ/物語を夢化したのではなく、夢の中の出来事を物語にしたような作品。ひとつのお話に枝葉が付き、やがてそれが増殖を繰り返して作品という大きな木になった。その世界観は複雑な絵解きのような濃密なものだ。通常ならばこういう絵はゴチャゴチャになりそうなものだが、さわやかな色使いと空間構成のせいで透明感のある作品になった。優しく柔らかい“クリムト”のようだ。このまま進んで行ってほしい。
・準グランプリ「愛人」伊藤ちづる/会場で一番目立っていた。絵の中から放たれる少女の視線のせいだったと思う。その存在感がこの絵を最後まで残らせた理由だろう。絵のテクニックがどうのこうのと言うよりも、少女が醸し出す雰囲気が素晴らしかった。肌の色のモスグリーンと白い服のコントラストが、アジア的であり少女と大人の女との狭間で揺れる女心のはかなさも表現していた気がした。永く描いてきた人だからできる力技である。
・坂川栄治賞「愛人」印南綾乃/エドワード・ウェストンの写真からインスパイアされたような作品である。この鉛筆画が他のものと一線を画するのは、巧みな構成力と押さえた色使いである。いかに中心をはずすかで生まれる構図は、女性の顔が描かれなくとも観るものの想像力を喚起して乾いたエロティックな世界へと誘う。あとはこの人がいかにこのレベルを維持できるかだろう。
・準・坂川栄治賞「銀河鉄道の夜」小川惠美子/私の賞は3点とも素晴らしく、甲乙つけがたかった。この人の描く世界はいつもどこか超越したものを感じる。作品世界が独特で濃密なのだ。永いことこの人の絵の変化を見続けてきたが、ここに極まった感がある。イラストレーションを語る前に、この人の作品は完成していると思う。「売れる」絵である。
・準・坂川栄治賞「贖罪」やまぞえみよ/刺繍画である。絵の具のように簡単に修正できない技法だからこその見事な構成力である。案を練る段階に時間をかけることで、この大胆で緻密な絵が出来上がるのだろう。印南さんもそうだが、この人も「デザイン」することが好きなのじゃないだろうか。龍安寺の石庭のような、雨の波紋のような、沈思黙考の世界が、タイトルの「贖罪」の静けさをよく表していると思う。

祖父江慎(コズフィッシュ)
今回の選び方のポイントとしてはその人が可能性をもっている人か否か、を考えて、作品を見た。
従って、入選したか、どうかにかかわらず、選考過程で残った人たちの多くは、そのまま可能性の塊であるとともに、自身もそう考えて欲しい。どのようなコンペティションの場合でもすぐ仕事ができそうな人や、上手い人に対しては目も厳しくなりがちであるが、安心感や揺るぎのない世界観によって、ドキドキ感がちょっと感じられなくなってしまいがち。上手いな~で終わらせないためには自分のスタイルを早くに決めすぎず、まず、いろいろ描いて見ることが大事。 比較的よく見るタッチが多かった。流行り廃りがあるのはわかるが、見たことのない独自性やこの人でなければ描けないと思わせるようなものがもっとほしい。可能性というのは真似できないもの、ちょっとリスキーな部分が感じられたり、ある種の異常性、こういう世界観もあったのか!と、デザイナーを奮い立たせてくれるもの…ということであり、そういった作品をもっと見たい。80年代のイラストレーションが持っていたような元気と熱気がまた、戻ってきて欲しい。

平川彰(幻冬舎デザイン室 室長)
イラストレーションの相対的善し悪しについて語る気はないので、ここではごく個人的な見解を述べたいと思う。なぜなら、装画は今やミニマムな世界に突入し、過去の呪縛から解き放たれたと言い換えることもできようか、ならわしとされてきた認識・価値感が完全に崩壊したからだ。一部の趣向性の高い一握りによって評価がなされる時代、極論を言えば尺度が描き手に委ねられる時代でもある。自演だけに没頭し好きに描けばよいわけではない。いかに上手に消費されるかを考えればよいわけではない。それよりも更なる次元へ進化を遂げているということ、つまり著者と共に本の世界観を造っていかねばならぬのだ。言うなれば描き手自らが発信し創造主にならねばいけない。ここからは未知の世界が広がる。逆に描き手にとっては追い風を受け大いに飛躍するチャンスでもある。ぜひ目を開いて、いまの時代を見てほしい。
審査員賞に選ばせてもらった たじまひろえさん には大いに驚かせてもらった。想像の範疇を逸脱した発想と色彩感覚・画面構成に驚愕した。然しながら何より最も感心すべき事実は、この絵をして装画と認識し、書籍タイトルからさらに〈想造力〉を膨らませていること。良い作品に出会えたと思う。
一方、過去に使い古された固定概念に捕われた絵も多いこと。そしてコンペに出す体裁を整えるために既存の絵に後付けで書名をあてがっていると見られるものも目についた。自信のなさが如実に表れ違和感を抱くと同時に、課題図書に対しての敬意が感じられない。もう、こういったことはやめて頂きたい。出すからには真剣に課題に向き合い、与えられた図書を深く理解し真意を汲み取ること。バレないだろう、誰も見てないだろうと自分をごまかしているようでは、人を感動させる絵など描けるわけがない。 発想=想造力。読み手を遥か彼方に誘う驚きが欲しい。

大矢麻哉子(ギャラリーハウスMAYA)
12年目、12回となる「装画を描くコンペティション」、今年も例年と変わらず多くのご参加をいただきました。
今年は中々審査員の時間を合わせるのが難しくて、二度、三度の全体審査がありましたが、面白かったのは本当に各審査員によって作品の選び方のポイントが違っていたことです。最初に入らなかった作品がどんどんまた、入ってきたりして絵は正解というもののない果てのない宇宙だと、改めて思いました。これこそこのコンペティションのポイントで、毎年変わる審査員の視点によって、毎年カラーが異なることで、いつも新鮮で、参加者への門を広げることもでき、陥りやすいマンネリズムを防いでいます。 装幀の為の作品ということは本の内容を知らない人たちへのナビゲートの役割を持っているわけで、その辺をよく承知して描かれている作品はやはり強かったです。
選考に残らなかった方々で、面白い、と思った人も多くいらっしゃいました。まさに可能性の塊、と祖父江さんがおっしゃっていた通りの方がとても多かったです。一緒にがんばりたいですね。

審査結果 受賞作品